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スピリチュアルカウンセラー江原啓之さんのいのちが危ない! スピリチュアル・カウンセラーからの提言から苦しんでこそたましいは輝くを読んでみた


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スピリチュアルカウンセラーの江原啓之さん著者の「いのちが危ない! スピリチュアル・カウンセラーからの提言」の本を読んで、「苦しんでこそたましいは輝く」であることについて書かれています。


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苦しんで、魂が輝くとは、非常に幸せを追求している私たち人間からしたら、なんだか矛盾しているように感じてしまいます。これは、いったいどういうことなのか・・・?感想と共に紹介させていただきます。

魂は苦難と言うご馳走をいつも呼び寄せている・・・?

4 「生き抜く」ことに価値がある

 

◆苦しんでこそたましいは輝く

 

「人生に苦しみはつきもの」というここまでの私の話に、少なからず絶望を覚えた方もいるかもしれません。この世の価値観ではどうしても目に見える豊かさや、安泰な人生を求めてしまいます。そして苦しみはできるだけ避けたがるものです。
さらに昨今は、日本人の多くが「人生は平穏なのが当たり前」とさえ考えているように思えてなりません。そういう前提で生きているとか、ほんの少しの苦難で、自分をとんでもなく不幸だと思ってしまいます。基準点が「平穏な人生」なので、苦難はマイナスでしかない、そんな人生観になってしまうのです。
しかし私に言わせれば、苦難があるほうが当たり前なのです。ただつつがない日々をすごいしたいだけなら、この世に生まれてくる必要があったでしょうか。霊的世界にそのままいたほうがよほどよかったはずです。それに、苦難が排除すべきものでしかないなら、そもそもこの世が存在する必要もありません。
たましいの視点での幸せは違うのです。
物質的な豊かさにより、肉体は満たされるかもしれませんが、たましいは満たされません。たましいは「愛」でしか満たされないのです。
また、つつがなく安泰な日々を送れたら、肉体は喜ぶかもしれませんが、たましいは喜びません。つねに成長を目指しているたましいにとっては、つつがなく安泰な日々など退屈でしかたがないのです。
たましいは苦難を欲するのです。なぜなら、苦難を乗り越えながら、少しずつでも強く輝くたましいへと成長していくことが、たましいの目的であり、喜びだからです。

 

引用元:江原 啓之. いのちが危ない! スピリチュアル・カウンセラーからの提言. 集英社, 2005, 256P

 

なぜ、私は苦難が多いのだろう・・・。と、何度も考えたこともありました。

 

何度もこの世に絶望したこともありました。何度も死にたい・・・。早く人生が終わってほしいと願ってしまったこともありました。

 

もう、意識があるのが、まっぴらごめんだと感じたことも何度もありました。人間関係、お金、家族、悩みは尽きません。


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ちょっと安泰になったら、すぐに苦難が押し寄せてきます。なぜだろう・・・。私だけ・・・???って、周りの人々をみると幸せそうに笑っている人しか目にしなくなってしまったりして、本当に苦難は苦しいだけ、何の意味があるの!?って人生を徹底的に否定したことも一度や二度ではありません。

 

祖父母の宗教的な背景があるから、神様が試練をたくさん与えてくるのか・・・。いやいや、試練なんていりません。普通に生きて、普通に苦しまずに死ねれば、それでいいんで・・・。みたいな感じで思ったりした道楽者です。

 

スピリチュアルカウンセラー江原啓之さんの本の中で「たましいは苦難を欲するのです。なぜなら、苦難を乗り越えながら、少しずつでも強く輝くたましいへと成長していくことが、たましいの目的であり、喜びだからです。」と読んでしまって、ようやく苦難の意味を納得できました。

 

魂が苦難を待っていたのだ・・・。苦難を呼び寄せているのだ・・・。苦難を味わいたいと、ミルクを待っている赤ちゃんのように、魂が泣きわめいているのだと感じました。

 

苦難は嫌いですが、魂のご馳走になるのなら・・・。と、江原啓之さんの本を読んで苦難は避けることはできない・・・。苦難は魂のご馳走なのだと知ることができました。

 

乗り越えれない苦難はない。怖いけど、生きているうちに魂の成長をするには苦難に立ち向かい続けるしかない・・・。後悔しない人生とは幸せになることではなく、苦難と共に魂を生涯磨き続けることなんだ!!って今になって苦難の意味を知ることができました。

 

と、書きつつも、また苦難が来たら、不平不満言いまくる、器の小さい自分に戻るんだろうな・・・。って思ったりしています。

 

スピリチュアルカウンセラー江原啓之さんの「いのちが危ない! スピリチュアル・カウンセラーからの提言」は私の魂が、苦難に納得できない私のために用意してくれたのだなと感じることができました。ちょっとだけですが、苦難に立ち向かう勇気をいただけました。

まとめ

たましいの視点での幸せは違う。

 

物質的な豊かさにより、肉体は満たされるかもしれないが、たましいは満たされない。

 

たましいは「愛」でしか満たされない。

 

安泰な日々を送れたら、肉体は喜ぶかもしれないが、たましいは喜ばない。

 

つねに成長を目指しているたましいにとっては、安泰な日々など退屈でしかたがない。

 

たましいは苦難を欲する。

 

苦難を乗り越えながら、少しずつでも強く輝くたましいへと成長していくことが、たましいの目的であり、喜びだから。


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運営者

電話占いナビゲーター 仙空 依利香

私の父親の実家は天理教の布教所でした。母親の実家は真言宗系の数々のお寺とのご縁がありました。幼いころから、宗教的背景が濃厚な家系で生まれ育ちました。ですから、見えない力、見えない霊の存在など、幼いころから自然と身につくこととなりました。

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