スピリチュアル

スピリチュアルカウンセラー江原啓之さんのいのちが危ない! スピリチュアル・カウンセラーからの提言からこの世はたましいのトレーニングジムを読んでみた


Pocket

スピリチュアルカウンセラーの江原啓之さん著者の「いのちが危ない! スピリチュアル・カウンセラーからの提言」の本を読んで、「この世はたましいのトレーニングジム」であることについて書かれています。


スポンサーリンク

この世は苦しみに満ちています。この世はたましいのトレーニングジムとは、鍛える場と言うことでしょうか。スピリチュアルカウンセラー江原啓之さんに教えていただきながら書いていきます。

人間界全体が、魂を鍛えるため、磨くためのトレーニングジムだと言うことを忘れずに、これからも生き続けていきたい

2 苦しみは乗り越えるためのもの

 

◆この世はたましいのトレーニングジム

 

今の話を、こうおきかえて考えるといいのです。
優しい人たちの世界を霊的世界に、意地悪な人たちの世界をこの世に。
つまり私たちは、自分に敢えて負担をかけるために、この世に生まれてきたということです。そのほうが自分の未熟な部分を直視でき、成長できるからです。
霊的世界にいるとき、私たちのたましいはそのすべてを理解していました。ところがこの世に生まれて肉体に入ったとたんに自覚が薄れてしまいました。
さらに大人になるにつれ、たましいの記憶のほとんどはほぼ完全に失われ、たましいや愛などというかたちのないものよりも、この世かぎりの物質的な満足を得ることが大切だと思い込むようになったのです。「小我」が「大我」よりもはるかに優勢になってしまったのです。もちろん私たちの本質がたましいである以上、大我は決して失われませんが、この世に染まれば染まるほど、小我の影にすっかり隠れてしまいます。
しかしそういう状態だからこそ私たちは学ぶことができます。大我が隠れ、小我が前面に出ると、一人ひとりの欠点、未熟な点が、ひとつ残らず正直にあぶり出されるからです。あぶり出さなければ自覚することもできませんし、克服するチャンスも得られません。自分が成長するためには、小我があぶり出されたほうが好都合なのです。
この世がたましいの学びに最適なのはこのためです。小我を克服する修行の場として、この世は最高の条件をそろえているのです。

 

引用元:江原 啓之. いのちが危ない! スピリチュアル・カウンセラーからの提言. 集英社, 2005, 256P

 

私の幼少の頃より、父親側の実家に泊まれば、祖母が壇に向かってお経をあげていました。母親側の祖父母も仏壇に向かってお経をあげていました。宗派は違えど、両家の祖父母は、お経をあげる習慣が当たり前のような感じでした。

 

さらに、物心つく頃には、母親、父親もお経をあげるようになっていたのを覚えています。私は、小学生から父母のお経を聴いていて経典がなくても、いつしか音楽が流れているかのように、自然にお経を覚えるようになっていきました。そして、私も小学生からお経を朝、夕にあげるようになりました。


スポンサーリンク

 

学校でいじめられていた私は、とにかく、何事も起こらないようにと、ご利益目的で、必死になって、朝、夕のお経を欠かさなかったのを覚えています。朝からお経を読むと不思議にも清々しい気持ちになれたり、満足感、安心感を得ることができて、学校に通うことができていました。

 

もし、祖父母、父母の信仰的な習慣がない家系で生まれていたら、私は、お経を唱えることもありませんでしたし、苦しみの中に身を置いていたように感じました。お経を唱えて、満足感、安心感を得ることが出来たり清々しい気持ちになりながら、学校に通うことも、今から考えると苦難に立ち向かうための修行の一環だったように感じました。

 

お経を唱えることは修行の一つだからです。修行と一口で言っても、スピリチュアルカウンセラー江原啓之さんのお言葉をお借りするなら、「この世はたましいのトレーニングジム」なのだと今になって納得できました。私は幸いにも大人になる前に、魂のトレーニングジムが用意されている環境だったのだと気づくことができました。

 

祖父母、父母に聴くと、ご先祖様も熱心に信仰をしていたそうです。そのような血流が受け継がれて今の私がいるのだと感じることができました。祖父母、父母、ご先祖様が積み重ねてこられた「この世はたましいのトレーニングジム」を信じて行ってきたことに感謝しかありません。

 

魂の時点で、私は、「この世はたましいのトレーニングジム」だということを知っていたので、魂が知っている時に降臨してきたのだと感じました。そして、肉体に入って「この世はたましいのトレーニングジム」だという記憶はなくなったものの、信仰の環境に身を置くことで、ようやく「この世はたましいのトレーニングジム」と魂の存在を知ることができて、肉体も自覚してくれるようになりました。

 

生きている限り、苦しみに満ちている、人間界全体が、魂を鍛えるため、磨くためのトレーニングジムだと言うことを忘れずに、これからも生き続けていきたいと思います。

まとめ

私たちは、自分に敢えて負担をかけるために、この世に生まれてきたということ。

 

この世に生まれて肉体に入ったとたんに自覚が薄れてしまう。

 

大人になるにつれ、たましいの記憶のほとんどはほぼ完全に失われ、たましいや愛などというかたちのないものよりも、この世かぎりの物質的な満足を得ることが大切だと思い込むようになる。

 

この世に染まれば染まるほど、小我の影にすっかり隠れてしまう。

 

自分が成長するためには、小我があぶり出されたほうが好都合。

 

この世がたましいの学びに最適なのはこのためです。

 

小我を克服する修行の場として、この世は最高の条件をそろえている。


スポンサーリンク

アクセスランキング(過去7日間)
運営者

電話占いナビゲーター 仙空 依利香

私の父親の実家は天理教の布教所でした。母親の実家は真言宗系の数々のお寺とのご縁がありました。幼いころから、宗教的背景が濃厚な家系で生まれ育ちました。ですから、見えない力、見えない霊の存在など、幼いころから自然と身につくこととなりました。

自己紹介の詳細

最新記事
人気記事
カテゴリー