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スピリチュアルカウンセラー江原啓之さんのあなたが危ない! 不幸から逃げろ!からインターネットと危うい自己承認欲求を読んでみた


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スピリチュアルカウンセラー江原啓之さん著者の「あなたが危ない! 不幸から逃げろ!」の本を読んで、「インターネットと危うい自己承認欲求」について書かれています。


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インターネットは頻繁に利用されていますか。インターネットで自己承認欲求が満たされていますか。「インターネットと危うい自己承認欲求」とはどういうことなのか。スピリチュアルカウンセラー江原啓之さんから学ばせていただきましょう。

この先、どうなるか、わからないので、今は趣味の延長線上として記事を書き続けていきたい

インターネットと危うい自己承認欲求

 

人間関係は自分を映す鏡ですが、ひとりでいることが悪いわけではありません。他社がいるから孤独を感じるのですし、そういう意味では孤独もまた人間関係の一種です。むしろひとりの時間から学べることもたくさんあります。人といつも戯れていては、逆にひとりの学びができないでしょう。
ただ、実は多くの人はひとりの時間を持っていません。物理的にはひとりでいても、スマートフォンを通していつもSNSに興じている人がほとんどのはずです。
また最近は、自室にひきこもりながら自分の動画を撮影し、インターネットを介して発信している人もいます。ネット上で「いいね!」という反応をもらうと、人とコミュニケーションしている気になるかもしれませんが、それは誤解です。
インターネット上の反応は、自分を映す鏡になり得ません。ブラックホールに向かって自分の言動を発信しているようなものですし、自己承認欲求を満たすだけで、画面の向こうにいる相手を受け入れていないからです。
とくに小中学生のような成長期に、インターネット上での発信に没頭してしまうのは、共感力を養う機会を失ってしまうので心配です。前述のように学校に行かないとしても、別の場なりで人と触れ合う機会を持ち、自分を映す鏡としての人間関係、そして共感力を養ってほしいと思います。
傷つくというのは磨かれるということです。自分が痛いと思うから、人の痛みもわかる。そのストレスは決してマイナスばかりではなく、自分に大切なものを教えてくれるはずです。

 

引用元:江原 啓之. あなたが危ない! 不幸から逃げろ! . ホーム社, 2019, 256P


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スマートフォンは、あまり利用していません。パソコンも記事を書く以外はあまり利用していません。SNSもあまり自分から積極的に利用していません。デジタルよりアナログの方が好きだからです。動画を撮影して、インターネット上にアップしたことがありましたが、数えるほど投稿してから放置状態です。なんだか、やりがいがないというか自分にはインターネット上で何かやりたいことが漠然としているからです。このように記事を書いていますが、以前にインターネットのコンサルティング会社で勤務していた時代があったことと、amebaブログに今日あったこと・・・。を書き込むために、書く習慣があったので、その延長線上で今のサイトを開設しただけです。ですから、私の中では、インターネットで何かをするというのは趣味の延長線上に過ぎません。

 

スピリチュアルカウンセラー江原啓之さんは「インターネット上の反応は、自分を映す鏡になり得ません。ブラックホールに向かって自分の言動を発信しているようなものですし、自己承認欲求を満たすだけで、画面の向こうにいる相手を受け入れていないからです。」と書かれています。たしかに、インターネット上での発信は自分の思ったことを一方的に伝えるだけでコミュニケーションツールになっていません。LINEとかでしたら、メッセージ、LINE通話があってコミュニケーションが取れますが、サイト形式でしたら、一方通行のような感じになってしまいがちです。まさしく、ブラックホールに向かって何かを叫んでいるに過ぎないかもしれません。

 

私としては、生まれた時から目に見えない不思議な力を信じることを祖父母、父母から自然と教えられるようになり、知人からスプリチュアルの記事を書いてみたら?って、勧められたこともあって、書いているだけです。もし、知人にスプリチュアルについて書くことを進めらなかったら、今のサイトは存在しなかったでしょう。なんとなく趣味の延長線上で記事を投稿していることなのですが、いつか、燃えるように趣味から脱して仕事にしてしまうかも知れませんが、それは、この先、どうなるか、わからないので、今は趣味の延長線上として記事を書き続けていきたいと思います。

まとめ

インターネット上の反応は、自分を映す鏡になり得ません。ブラックホールに向かって自分の言動を発信しているようなものですし、自己承認欲求を満たすだけで、画面の向こうにいる相手を受け入れていない。

 

傷つくというのは磨かれるということ。自分が痛いと思うから、人の痛みもわかる。

 

そのストレスは決してマイナスばかりではなく、自分に大切なものを教えてくれるはず。


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電話占いナビゲーター 仙空 依利香

私の父親の実家は天理教の布教所でした。母親の実家は真言宗系の数々のお寺とのご縁がありました。幼いころから、宗教的背景が濃厚な家系で生まれ育ちました。ですから、見えない力、見えない霊の存在など、幼いころから自然と身につくこととなりました。

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