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スピリチュアルカウンセラー江原啓之さんのあなたが危ない! 不幸から逃げろ!からひきこもりは不幸な形だと自覚するを読んでみた


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スピリチュアルカウンセラー江原啓之さん著者の「あなたが危ない! 不幸から逃げろ!」の本を読んで、「ひきこもりは不幸な形だと自覚する」について書かれています。


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ひきこもっていますか。それとも過去にひきこもったことはありますか。「ひきこもりは不幸な形だと自覚する」とはどういうことなのか。スピリチュアルカウンセラー江原啓之さんから学ばせていただきましょう。

ひきこもり期間も無駄ではなかったと現実を受け入れて、次からはひきこもらないように、今を生きたい

ひきこもりは不幸な形だと自覚する

 

ひきこもりは大きな社会問題となっていますが、本人も、また周囲の家族にとっても大きなストレスがあることでしょう。
最初に申し上げたいのは、ひきこもりは決して幸せな形ではないということです。なかには「そういう時期があってもいい」と、ひきこもりを正当化する人もいます。たとえそういう時期があったとしても、それを幸せな時間のように美化するのは違うのではないでしょうか。
正当化してしまったら、誰だってひきこもりたくなります。なぜなら、こんなにたくさんのストレスが世の中に蔓延しているのですから。
ひきこもりを『繭ごもり』と称して、「無理に引っ張り出すと中の幼虫が死んでしまう。だから成虫になるまでの必要な時間と思って、そっとしておいてほしい」という人もいます。正確な意図はわかりませんが、もし「ひきこもりイコール繭もごりで幸せ」と言っているならば、私は賛成できません。
結果論としてあとから「あれは繭ごもりみたいなものだったかもね」「あれは自分にとって貴重な時間だった」と回顧することはあると思います。でも、ひきこもっているときに『繭ごもり』と名称をつけてしまったら、自己憐憫の免罪符になってしまいます。
行き詰っているんだ。ひきこもりは不幸な形だ。その自覚が本人と周囲にないと、ひきこもりを脱して、たましいを輝かせる生き方に変えようという流れにはならないでしょう。

 

引用元:江原 啓之. あなたが危ない! 不幸から逃げろ! . ホーム社, 2019, 256P


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ひきこもっていた時期はあります。失業してしまったときです。その時はひたすら、テレビゲームばかりしていました。ニンテンドースイッチのスプラトゥーン2ばかりしていました。朝から夜まで、テレビの前でバトルばかりしていました。失業してしまって、就職活動がうまくいかない・・・。そんなうっぷんを晴らすような感じで、ニンテンドースイッチのスプラトゥーン2を止めることができませんでした。なかなか、中毒性の高いゲームでした。気が付いたら1500時間以上、プレイしていました。ひきこもってゲームばかりしている毎日はツラかったです。何も意味がない、生きている意味がない、何も生産していない、誰の役にも立っていない・・・。誰とも連絡を取らないでひたすらゲームに没頭していました。ゲームで喜びもなく、むしろストレスばかりが積み重なってしまって、どうしようもありませんでした。

 

ひきこもっているだけでストレス・・・。ゲームをプレイしてもストレス・・・。失業でストレス・・・。すべてがストレスまみれでした。ひきこもることでストレスしか感じませんでした。夜寝ていても、何度も目が覚めて、動悸、息切れ気味になってしまって、緊張してしまって、この先、どうなるのだろう・・・。と言うような恐怖感、不安感に襲われる毎日でした。とってもリラックスしていきることができませんでした。あくびすら出ませんでした。眠いのに、眠りにくい・・・。だから、ゲームをして気を紛らわせるしかない・・・。そのような悪循環に陥ったことがありました。

 

スピリチュアルカウンセラー江原啓之さんは「ひきこもりは不幸な形だ。その自覚が本人と周囲にないと、ひきこもりを脱して、たましいを輝かせる生き方に変えようという流れにはならないでしょう。」と書かれています。ひきこもり期間は不幸でした。何も生み出せず、何もなく、無意味な時間でした。父母が信仰しているお寺で無駄なことはないと教えられたことがありましたから、ひきこもり期間も無駄ではなかったと現実を受け入れて、次からはひきこもらないように、今を生きたいと思います。ちなみに、今はニンテンドースイッチもほとんどしていませんし、スプラトゥーン2はしていません。大型アップデートは終了しましたし、ひどいひきこもりから脱出できたからかもしれません。

まとめ

正当化してしまったら、誰だってひきこもりたくなります。なぜなら、こんなにたくさんのストレスが世の中に蔓延しているのですから。

 

結果論としてあとから「あれは繭ごもりみたいなものだったかもね」「あれは自分にとって貴重な時間だった」と回顧することはあると思います。でも、ひきこもっているときに『繭ごもり』と名称をつけてしまったら、自己憐憫の免罪符になってしまう。

 

行き詰っているんだ。ひきこもりは不幸な形だ。その自覚が本人と周囲にないと、ひきこもりを脱して、たましいを輝かせる生き方に変えようという流れにはならない。


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運営者

電話占いナビゲーター 仙空 依利香

私の父親の実家は天理教の布教所でした。母親の実家は真言宗系の数々のお寺とのご縁がありました。幼いころから、宗教的背景が濃厚な家系で生まれ育ちました。ですから、見えない力、見えない霊の存在など、幼いころから自然と身につくこととなりました。

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