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スピリチュアルカウンセラー江原啓之さんの幸せになる100か条から真実に目覚めるを読んでみた


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スピリチュアルカウンセラー江原啓之さん著者の「幸せになる100か条」の本を読んで、「真実に目覚める」について書かれています。


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真実に目覚められていますか。それともまだ真実に目覚めていませんか。そもそも「真実に目覚める」とはどういうことなのか。スピリチュアルカウンセラー江原啓之さんから学ばせていただきましょう。

人間的な欲望は汚いものです。その汚い心身を浄化させるには神様との触れ合いは不可欠

真実に目覚める

 

神社をはじめ、聖地を訪れる目的は、見守っていただいていることに対する感謝を伝えるため。そして、自分の心を見つめる時間を持つためです。ところが、中には「お賽銭を1万円に弾みますので」などと、神様と駆け引きをする人もいるようです。清らかな人が駆け引きをするでしょうか?
そもそも、神様と直接的に会話を交わすことなどできません。ですから「こんなふうに神様に話しかけてみると運気がアップします」などとするのは、「似非スピリチュアル」。「お金を洗ったら貯まる」「あそこの石をもらってきたらいい」といった話もよく耳にします。けれど、もしそれで人生が変わったら不公平ではないでしょうか? 人は不公平と嘆きながら、自ら不公平をつくっています。タナボタ式のご利益を吹聴する「似非スピリチュアル」に走る人は、不公平を実践しているのです。
真の世界に不公平、不条理はありません。努力をすれば必ず報われる。だから人生は素晴らしいのです。姑息が不幸をつくっています。姑息な生き方はやめましょう。
あなたの神様はその程度のものですか? 私が知る神の世界は公明正大。
植物と同じように、私は太陽のほうへ伸びます。あなたは日陰に向かって伸びていくのですか?

 

引用元:江原 啓之. 幸せになる100か条. 徳間書店, 2017, 213P

 

祖父母、父母が信仰しているお寺に参拝を始めたのは幼少のころからでした。父母の手をひかれてつれていかれ、今では、一人で参拝にいっています。父母から言われてではなく、自分でも不思議ですが、自分の意志で参拝に行っているのです。そこには、幸せになりたいとか、お金が欲しいとか、結婚したいとか、何か望みがあって参拝しているわけではありません。特に人間としての欲望はなく、ただ、お寺に参拝に行くと、気分が落ち着く・・・。参拝していること、生きていることの満足感を得ることができるから・・・。パワースポットと言う言い方では片づけられない静寂な空気に触れに行くという不思議な感覚です。参拝しているだけでいい・・・。みたいな感じです。


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人間界から天上界につながっている聖地と言う感覚です。神様は現実にいるけれど、神様と日本語などの言葉で交信しているわけではない・・・。魂が神様に触れさせていただいているような言葉では表現がしにくい感覚です。とにかく、静寂で、シーンとしていて、心が満たされる気分になるのです。生きている自分がいることを実感する場とでもいいましょうか・・・。とにかく、生きていることの不思議から、生きている喜びを自然に感じることができる場に参拝できている自分は貧乏ですが、幸せなのかもしれません。

 

スピリチュアルカウンセラー江原啓之さんは「神社をはじめ、聖地を訪れる目的は、見守っていただいていることに対する感謝を伝えるため。そして、自分の心を見つめる時間を持つためです。ところが、中には「お賽銭を1万円に弾みますので」などと、神様と駆け引きをする人もいるようです。清らかな人が駆け引きをするでしょうか?」と書かれています。社会人になるとよく取引、駆け引きがありますが、神様との駆け引きは必要ないと感じます。私はお寺に参拝するというのは、人間界でやっている様々な欲望を持つこと、駆け引きなどを休憩させる場、浄化させる場としてとらえています。人間的な欲望は汚いものです。その汚い心身を浄化させるには神様との触れ合いは不可欠であると感じます。そのうえで、他人を助ける、布施する、奉仕することが大切なのではないでしょうか。

まとめ

神社をはじめ、聖地を訪れる目的は、見守っていただいていることに対する感謝を伝えるため。

 

自分の心を見つめる時間を持つため。

 

「こんなふうに神様に話しかけてみると運気がアップします」などとするのは、「似非スピリチュアル」。「お金を洗ったら貯まる」「あそこの石をもらってきたらいい」といった話もよく耳にします。けれど、もしそれで人生が変わったら不公平ではないでしょうか? 人は不公平と嘆きながら、自ら不公平をつくっています。タナボタ式のご利益を吹聴する「似非スピリチュアル」に走る人は、不公平を実践している。


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電話占いナビゲーター 仙空 依利香

私の父親の実家は天理教の布教所でした。母親の実家は真言宗系の数々のお寺とのご縁がありました。幼いころから、宗教的背景が濃厚な家系で生まれ育ちました。ですから、見えない力、見えない霊の存在など、幼いころから自然と身につくこととなりました。

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